so-syarugenkijin’s diary

健康オタク歴50年が健康方法について投稿します

人から愛される言葉の習慣<23>

いにっても
「誘ってくれてありがとうというおれない
誘いに断っても「誘ってくれてありがとう」というお礼を忘れない。 | 人から愛される30の言葉の習慣
 
生時代のある日のこと、
友達を誘ったことがありました。

 

・「今度、飲み会があるんだけど一緒に行かない」

 

すると、友達は残念そうな表情でこう言いました。

 

・「ごめん。ちょうど勉強で忙しい時期だからダメなんだ」

 

たしかに友達はとても忙しそうでした。

 

学校の試験日が迫っていて

余裕がないとのことでした。

 

無理に誘うわけにもいきません。

 

少しがっかりしていたとき、

友達が嬉しい言葉をかけてくれました。

 

にこりと笑って「誘ってくれてありがとう。

また誘ってね」という一言です。

 

その瞬間「誘ってよかったな。

また機会があれば誘おう」と思いました。

 

これが人間関係をつなげる言葉です。

 

断られても

「ありがとう」と言われると

嬉しくなります。

 

もちろん断られたことは残念でしたが、

やはりどうしても都合のつかないときは

当然あります。

 

そうしたときに

「誘ってくれてありがとう」という

言葉を使うと、

お互いの気持ちがすっきりします。

 

気持ちよく断ることができ、

断られてもショックが和らぎます。

 

「また誘おう」と思うのです。

 

人から愛される言葉の習慣<22>

期待れても
「期待外しめばいい
期待が外れても「期待外れ」を楽しめばいい。 | 人から愛される30の言葉の習慣
 
常では、予想を裏切られることがあります。
  • 注文したケーキが、思ったより小さくてがっかりした
  • 楽しみにしていた映画が、期待外れだった
  • 楽しみにしていた遠足が、つまらなかった

 

どれでもささいなことです。

 

しかし、

ささいなことでも悔しさが忘れられず、

いつまでも恨み続けてしまいます。

 

そういうとき

「期待外れだった」と口にしないことです。

 

「期待外れ」と言った瞬間に、

期待が外れたことを認めてしまうことになります。

 

体全身の力が抜けてしまいます。

 

そこには、何も得るものがない。

 

たとえ、期待外れだったと思っても口にせず、

期待外れにならないような何かを見つけましょう。

 

思ったより小さなケーキでも、

味は上等かもしれません。

 

楽しみにしていた映画がつまらなくても、

別の楽しみ方があるかもしれません。

 

遠足がつまらなくても、

素晴らしい思い出ができているはずです。

 

単純に期待していたこととは別の事情が

起こっているだけです。

 

「期待が外れた」というのは

「想定外が発生した」ということです。

 

期待が外れても

「想定外」を楽しめばいい。

 

それに気づくことです。

 

想定外の出来事から何かを感じ取れば、

期待外れでも収穫になります。

 

「期待外れを楽しもう」と

考えるようにしましょう。

 

期待外れが楽しくなります。

 

あなたしだいです。

 

期待外れということは、

あなたに新しいものを見つける力が

なかったということになります。

 

何かを見つけられるか否かです。

 

期待外れだったとしても口にせず、

期待外れにならないように別の視点から

見たり感じ取ったりしましょう。

 

実りがあるはずです。

人から愛される言葉の習慣<21>

対立しそうになれば
たしかにそうですね
考え方が対立しそうになれば「たしかにそうですね」と言う。 | 人から愛される30の言葉の習慣
 
はときどき読者のかたから
「考えが間違っています」という
お便りをいただくことがあります。
 
いえ、ときどきというより、
しょっちゅうです。
 
なかば、
お怒り気味の内容になっていることも
少なくありません。
 
そういうときには
「たしかにそうですね」と返事を
することにしています。
 
それ以上
意見が対立することはありません。
 
どちらかが譲歩すれば、
それで終わりです。
 
指摘のとおり、間違っている内容があれば、
私も文章を修正できるチャンスです。
 
今まで自分が知らなかったり
勘違いをしたりすることがあります。
 
そういう文章に限って、
自分ではなかなか気づきにくい。
 
他人から客観的なチェックを
無料で受けることができています。
 
もし、
自分にとって新しい考え方なら
「ネタができた」と喜びます。
 
どちらにしろプラスです。
 
普段の会話でもそうです。
 
考え方がぶつかりそうになったら
「たしかにそうですね」と言います。
 
すると、
喧嘩をすることはありません。
 
これが喧嘩をしないコツです。
 
人によって状況は異なります。
 
その人がそう思えば、そうです。
 
むしろ私は新しい考え方や価値観を
学ばせてもらっていると思っています。
 
「たしかにそうですね」という言葉は、
トラブルをなくし、
成長できる素晴らしい一言だと思っています。
 
あなたも
「たしかにそうですね」という言葉を
使ってみましょう。
 
人とぶつかることが極端に少なくなります。
 
しかもあなたの成長も早くなるはずです。
 
たくさんの人からたくさんの
意見・考え方・価値観を吸収できる
素晴らしいチャンスです。
 
自分の殻を破ることができるのです。
 

 

人から愛される言葉の習慣<20>

人生において
「無理」という言葉禁句
人生において「無理」という言葉は禁句。 | 人から愛される30の言葉の習慣
 
理とは
「可能性がゼロ」を意味する言葉です。
 
無理という言葉は使わないことです。
 
使うたびに、
あらゆる可能性が低下してしまいます。
 
たとえそれが事実でもです。
 
無理という言葉を使った時点で、
事実、進歩は止まります。
 
エイズの治療薬を開発できますか」という
問いかけに、医者が
「無理です」と答えるのは悲しいです。
 
完全否定です。
 
そう言ってしまうと話が完全に止まります。
 
「無理」が前提なので、
新薬を開発しようとする研究や努力もすべて
放棄してしまうことになります。
 
無理という言葉は、進歩を止める言葉です。
 
せめて
「現時点では難しい」という
言い方にしましょう。
 

わずかに可能性がある言い方です。

 

「今は難しいが、将来はもしかしたら」という

意味です。

 

何とか希望の光を見つけようとする

意気込みがあります。

 

たしかに現時点で実現が難しいのは分かります。

 

しかし、明日はどうでしょうか?

 

あさってはどうでしょうか?

 

1年後、10年後、100年後はどうでしょうか?

 

これからの努力によって、

可能性が広がることがあります。

 

可能性は広げることが大切です。

 

不可能を可能にする研究や努力をする余地を

残すために、初めから

「無理」という言葉は使わないほうがいい。

 

ゆえに、

人生全体において可能性をゼロにする言葉は、

一切不要です。

 

言いたくても言わないほうがいい。

 

人生において「無理」という言葉は、

もはや禁句です。

 

私たちの進化は

「無理」を「可能」にしていく連続です。

 

ノーベル賞を受賞する偉人たちは、

最初から「無理」と考えていません。

 

「もしかしたらできるかも」と

思い続けて実行してきたからこそ、

実現できました。

 

無理という言葉を使わなかったから、

希望の光を見いだすことができたのです。

 

人から愛される言葉の習慣<19>

世間知らずから方法
「謙虚」である
世間知らずから抜け出す方法は「謙虚」である。 | 人から愛される30の言葉の習慣
 
間知らず」という言葉があります。
 
知識や経験が乏しくて、
自分の知識や経験がすべてだと
思い込んでいる状態のことです。
 
外の世界を知らないということです。
 
世間知らずは、
自分が井の中にいることになかなか
気づきにくい。
 
そもそも知識や見識が限られているので、
自分が狭い世界にいることを認識しにくいです。
 
誰しも
「世間知らずにはなりたくない」と思います。
 
しかし、あらためて考えると
「世間知らず」というのは、
実は誰しも必ず通る道です。
 
生まれたときは、みんな、
知識も体験もゼロの状態だからです。
 
生まれたばかりの赤ちゃんは、
知識も体験もゼロです。
 
常識はもちろん、
話が通じるはずもありません。
 
当然、世間知らずです。
 
知識や体験がなくて、
外の世界を知らない。
 
成長をするにつれ、親や友達、
先生からたくさんの知識や常識を学びます。
 
大人になるにつれて、
2種類の人に分かれます。
 
「世間知らずのままの人」と
「井の中から抜け出している人」で
分かれます。
 
両者の分かれ目や違いは、
どこになるのでしょうか?
 
それは「謙虚になるかどうか」です。
 
知識が乏しくて見識が狭ければ、
失敗や過ち、勘違いは必ず起こります。
 
起こるべくして起こることです。
 
そのとき、
他人から指摘を受けることでしょう。
 
思い込みや勘違いから、
過ちを犯すこともあるでしょう。
 
そういうとき、横柄な態度になっていると、
人の話を聞かなくなるため、
知識を拒否してしまいます。
 
殻に閉じこもったままになり、
新しい知識や見識を広めることができず、
なかなか井の中から脱出しにくい。
 
「知りません」という発言に恥ずかしさを
感じていることもあるでしょう。
 
最初は誰でも世間知らずですから、
世間知らずであることに恥ずかしさを
感じる必要はありません。
 
本当に恥ずかしさを感じるべきところは
「謙虚を忘れ、横柄になっていること」です。
 
しかし、謙虚になれば大丈夫です。
 
謙虚ならその人は救われます。
 
人の知識がどんどん
吸収できるようになるからです。
 
新しい知識を吸収し、
見識を広めるチャンスになり、
井の中から脱出できます。
 
井の中から抜け出すためには、
他人に引っ張りあげてもらう必要があります。
 
「助けの手なんていらないぜ」と
意地を張ったり横柄になったりしている人は、
いつまでも井の中から抜け出せないのです。
 

人から愛される言葉の習慣<18>

いつのにか、
自分にしかからないをしていませんか 
いつの間にか、自分にしか分からない話をしていませんか。 | 人から愛される30の言葉の習慣
 
が話を進める上で、
いつも「誰にでも分かる話し方」を
心がけています。
 
誰にでも分かる内容と、
誰にでも分かる言葉を使う話し方は、
常に夢です。
 
今もできていない部分があり、
現在も修行中です。
 
その理想は死ぬまで追いかけています。
 
しかし、これがなかなか難しいです。
 
自分が知っていることですから、
話をするときについ専門的な用語で
話をしてしまいがちです。
 
たとえば、ニュースで「A」という
出来事を知ったとします。
 
ニュースになるくらい
大々的になっていることだから、
ほかの人も当然知っているだろうと思います。
 
つい、
当たり前のように話しがちになります。
 

ほかの人が

「A」というニュースを知っているとは

限りません。

 

常に自分と相手とのギャップを埋めるのが、

スムーズなコミュニケーション術です。

 

ニュースに限らず何でもそうです。

 

IT業界の人は、いつもITに接しているので、

ハードウエアやサーバーのような専門知識が、

基礎知識だと勘違いしてしまいます。

 

ほかの誰もが知っていると

思い込んでしまいます。

 

医療関係に勤めている人は、

医学や病院の状況など当たり前に目にしているので、

誰もが知っていると思い込んでしまいがちです。

 

スポーツ関係の仕事をしている人は、

どこの国はどんなスポーツが強いのかも

一般常識だと決め付けてしまいがちです。

 

自分が知っていることは、

誰もが知っているだろうと勘違いをしてしまいます。

 

専門的な知識を、

さも当たり前のように口にしてしまいます。

 

相手が話についてこられなくて、

場が白けるときがあります。

 

専門的な用語で専門的な内容では、

相手も話についてこられるはずがありません。

 

これは口で言うのは簡単ですが、

難しいです。

 

私の場合は、校正を担当している方に

「意味の分かる内容ですか。

分からなければ言ってください」と

お願いをしています。

 

自分以外の他者に

読んでもらうというのは大切です。

 

専門的な話になっていないか。

 

著者にしか分からない話になっていないか。

 

分かりにくい話し方になっていないか。

 

他人に見てもらうようにしています。

 

自分が話を始めるときに

「自分が今しようとしている会話は、

相手に分かる内容かな」と

考えるだけでも違います。

 

ワンクッションを置いて、

考えてから話し始めるだけでも、

だいぶ分かりやすい内容になるでしょう。

人から愛される言葉の習慣<17>

余裕がないときほど、
乱暴になりがちな言葉遣いに注意する
余裕がないときほど、乱暴になりがちな言葉遣いに注意する。 | 人から愛される30の言葉の習慣
 
る日のことです。
 
友達が、私を見て言いました。

 

・「どうせ暇だろ。助けてくれ」

 

私はむっとしてしまいました。

 

友達は忙しくて、

少しでも協力がほしいという状況のようです。

 

1人の力では解決できないことなので、

ほかの人の手を借りたいようです。

 

それは、見てすぐ理解できました。

 

たしかに私は時間に余裕がありました。

 

しかし、なかなか気が進まない。

 

偉そうで乱暴な言い方が、

頭に引っかかっているからです。

 

「助けよう」という気持ちが急に

冷めてしまいます。

 

偉そうな言い方をされると、

不機嫌になる人もいるでしょう。

 

普段は丁寧な言葉遣いをする友達ですが、

そのときは珍しく乱暴な言い方でした。

 

おそらく余裕がない状況のため、

乱暴な言葉遣いになってしまったのでしょう。

 

困っているのは分かりますが、

とげのある言い方をされると

「助けよう」という気持ちもなくなります。

 

助けを求めた結果、

偉そうな言い方だったためにいざこざになり、

逆にトラブルを増やしてしまうかもしれません。

 

問題は、言い方です。

 

こういうときは「今、大丈夫ですか」

「時間は空いていますか」と丁寧に

相手の状況を尋ねる言葉から始めることです。

 

「時間なら空いていますよ」と返事が来れば

「困っているので助けてもらえませんか」という

流れになります。

 

摩擦がないので、

スムーズに応じることができます。

 

丁寧な言い方だからこそ

「助けよう」という気持ちも出てくるでしょう。

 

余裕がないときほど、

乱暴な言葉遣いに注意です。