so-syarugenkijin’s diary

健康オタク歴50年が健康方法について投稿します

気楽に生きる心の習慣<04>

によって価値観えば、
しいとじる基準もまったくなる

 

る日、

私はふと気づいたことがあります。

 

クリスマスシーズンになれば、

クリスマスツリーが登場します。

 

小さなツリーから大きなツリーまで、

規模はさまざまです。

 

特に巨大なクリスマスツリーは、

その存在だけで、ツリーの周りになぜか

多くの人たちがたくさんやってきます。

 

クリスマスツリーが、美しいからです。

 

人間は心の中では潜在的

「癒されたい、感動したい」と

思っています。

 

美しいものを見たときに、

癒しと感動を求め、近づこうとします。

 

美は、癒しであり、感動です。

 

しかし、です。

 

私は、信じられない人を発見しました。

 

目をこすりましたが、夢ではありません。

 

ほとんどの人は

美しさに引かれて近づきますが、

まったく興味がなさそうにしている人を

発見してしまいました。

 

腕を組んでタバコを吸い、

クリスマスツリーをほとんど

見ることはありません。

 

  • 「こんなに美しいクリスマスツリーがあるのに、全然興味がなさそうだな」

 

事実、その人は本当に興味がないのでしょう。

 

美しさの価値観が違います。

 

大切なことは「何を美しいと感じるかは、

人によって大きく異なる」ということです。

 

人によって価値観が違えば、

美しいと感じる基準もまったく異なります。

 

美しいクリスマスツリーを見て

感動するのは、分かりやすい例です。

 

人によっては、

まったく別の対象に美しさを見いだします。

 

平凡な壺に見える古美術品でも、

秘められた奥深い歴史に気づき、

魅力を感じる人もいます。

 

画伯が描いた、一見すれば理解できない絵でも、

鋭い感性で描いた傑作だと感じ、

鳥肌が立つ人もいます。

 

難しい数学の方程式に、

美しさを感じる人もいることでしょう。

 

宇宙の神秘に対して、美しさに感動し、

涙を流す人もいます。

 

何に対して美しさを感じるのかは、

人それぞれということです。

 

そういうことは自分には理解できなくても、

理解できる人には最高の癒しであり感動です。

 

ということは、見方によっては、

すべてが美しいです。

 

美しいものはそこら中にあって、

問題はそれらをどう見るかです。

 

感じる感性があるかどうかです。

 

あなたが美しくないと感じることでも、

人によっては感動して涙を

流すことがあります。

 

「すべてのものは美しい」という前提で、

あらゆるものを見てみましょう。

 

それは今あなたの目の前にある

平凡な小物でも、見方を変えれば、

美しいはずです。